7/03/2016

原子力平和利用の栞/原子力平和利用博覧会

古いパンフレットが出てきました。
「原子力平和利用の栞」というタイトルで、全32ページものです。
(これは、パンフレットを開いて表と裏の表紙を写したもの)


中を見ると、「原子力平和利用博覧会 共催 USIS・読売新聞社 後援 東京都」とあり、米国大使館文化交換局長 参事官 ジョゼフ S.エヴァンス氏と読売新聞社社主 正力松太郎氏のまえがきがあります。


これを読むと、原子力を平和の目的のために利用するための理解を促進させるためのキャンペーンのための博覧会のようです。
このパンフレットには、共催、後援は書かれていますが、開催時期、場所などは書かれていません。 そこでネットで「原子力平和利用博覧会」を検索すると、Wikipediaでヒットしました。
原子力平和利用博覧会(げんしりょくへいわりようはくらんかい)は、1955年から1957年にかけて日本各地で開催された、平和のための原子力を主題とする博覧会である。1953年に発足した対外宣伝機関アメリカ合衆国広報文化交流局(United States Information Service ; USIS)と、読売新聞社など各地の新聞社とが共催し、延べ約260万人が来場した。
Wikipediaによれば、
1955年11月1日-22日千代田区日比谷公園(来場者:36万人、共催:読売新聞社)を皮切りに、
 名古屋市愛知県美術館(37万人、中部日本新聞社)、
 京都市京都市美術館(15万人、朝日新聞大阪本社)、
 大阪市大阪アサヒアリーナ(18万人、朝日新聞大阪本社)、
 広島市広島平和記念資料館(11万人、中国新聞社)、
 福岡市福岡スポーツセンター(16万人、西日本新聞社)、
 札幌市中島スポーツセンター(21万人、北海道新聞社)、
 仙台市仙台市レジャーセンター(17万人、河北新報社)、
 茨城県水戸市水戸総合体育館(23万人、いはらき新聞社)、
 富山県高岡市高岡古城公園(約30万人)
とまさに日本全国を長期にわたってまわったようです。
(今回紹介したパンフレットはUSIS、読売新聞社共催、東京都後援ですので、1955年11月の日比谷公園での開催のパンフレットでしょう。)

まだ戦争が終わって10年くらい、広島、長崎の原爆の記憶がつい昨日のことのような時期に、広島でもこの博覧会が行われていたのは、意外でした。
原子力が爆弾以外に工業、医学、農業、動力、交通機関、その他考古学、美術、気象など、いろいろな分野に応用できるということを伝えることがこの博覧会の一番の目的だったのでしょう。
しかし、現在、原子力発電に非常にネガティブな朝日新聞や中日新聞がわずか60数年前にアメリカ政府(USIS)と共催でこんなキャンペーンを行っていたというのも、意外でした。
実際の博覧会の様子を写した写真はパンフレットに掲載されていませんが、イラストが掲載されていましたので、紹介します。

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